日常

瞑想あれこれ

タイで洞窟に閉じこめられた13人全員の救出されたのはもう一昔のように感じます。暗いニュースが多い今日、人々の心に太陽の日差しが差し込むような明るいニュースでした。

子供たちのコーチは25歳で僧侶をしておられた方と聞きます。その方が子供たちに瞑想をさせていたそうですが、さすが仏教国タイです。精神的な実践がこのような緊急事態に生かされたのは脱帽です。

救出にあたり一番大きく報道されたのは、ダイバーの活躍ですが、彼らが誰かによって発見されるまで、そして発見されて救出されるまで、暗闇の中で時間の経過も分からぬまま過ごすのは、想像に絶するものがあります。その間の精神状態を平静に保つのは並大抵のことではないでしょう。コーチの強い精神力、人間性、僧侶として培われた素地、それも子供たちを支えたビッグな力になったと思います。彼が教えた瞑想は子供たちの精神や心を落ち着かせ、内なる勇気を引き出し、自己コントロールの力をつけるためには、かけがえのない力になったことと想像します。

最近、ビジネス界でも個人の創造性、集中力などを高め仕事に生かすということで、瞑想が取り入れられるようになってきたことを、以前ブログで触れたように記憶しています。

アメリカのIT企業で始まった瞑想も、「マインドフルネス」とカタカナ文字に衣替えして、日本でも導入され始めたと聞きます。これは好ましいことだと手放しで喜んだ私ですが、「ちょっと待てよ」と心の奥でブレーキをかけるものがありました。

瞑想は目醒め、高まりを目指す人にとって不可欠なものです。そのために瞑想に対する明確な目的意識、また瞑想をするための空間の波動も大切な要素です。

瞑想は多次元の扉を開くための一つの光のツールとなり得るものです。しかし、多次元には光の扉も闇の扉も存在しています。どちらにアクセスしやすくなるかは、意識の方向性によります。意識が放つ周波数、波動により共鳴(引き寄せ)の法則が働くからです。

企業は利益追求団体です。個人の高まりよりも利益を生むことが優先されます。瞑想により促される創造力も集中力も企業のために役立てる、つまり、金銭的な利益に繋がるインスピレーションを生むために、目を閉じて次元の異なる世界に意識を向け続けるとすればどこに繋がるのでしょう?

また、瞑想を行う部屋は霊的にクリーンであるように心がけているのでしょうか。

このような例があります。これはお寺が舞台でしたが、ビルの中でも民家でも、土地や空間が汚れていればどこでも起こり得ることです。

あるお寺で10人くらいの人が集まり瞑想を行っていました。心を無にするように指導を受けました。ある方もそこに参加していましたが、何回か続けていくうちに、なんとなく頭や肩が重くなってくるのに気づきました。

そのうち参加者の内の一人が何か精神的におかしいので瞑想を続けられないということでやめられ、他の参加者はそのことと瞑想と関係づけて考えなかったようですが、その方は、瞑想を行っている場所と関係しているのではとピンと来たそうです。

瞑想を行う空間、人の意識、瞑想の目的、方向性、方法など、とても微妙なテーマのように思います。瞑想の向こうには、人の多次元性と目に見えない世界との関わりが存在するからです。